耀風ビジョン

カーボン算定から制度共創へ

 

1. 脱炭素はすでにサプライチェーンの標準仕様


カーボンニュートラルや ESG 開示は、いまやグローバルサプライチェーンの共通言語となりつつあります。近年では CBAM(炭素国境調整メカニズム)、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)、SBTi(科学的根拠に基づく削減目標イニシアティブ)といった国際基準が相次いで施行され、カーボンフットプリント算定、証書取得、グリーン調達は、企業が取引関係を維持するための必須条件になっています。

例えば EU は 2023 年に CBAM の移行期間を開始し、2026 年には本格施行される予定です。鉄鋼、アルミ、化学、セメントなど高排出産業が対象となり、輸出企業が検証可能な排出データと再エネ証書を提出できなければ追加課税が発生します。米国でもバイデン政権が「クリーン・コンペティション法案(Clean Competition Act)」を提案し、高炭素輸入品への追加課税を検討しています。

こうした外圧の高まりにより、ブランド企業はカーボン削減の責任を調達先にも求めるようになりつつあります。取引先には、信頼性が高く検証可能で比較可能なデータ提出が求められ、その実績が契約更新や追加発注の条件になるケースも増えています。この動きに対応できるかどうかは、単なる技術力だけでなく、一貫性と相互認証性のある制度設計が企業に備わっているかにかかっています。

2. 日台が持つ制度基盤と現場のギャップ


制度構築と標準化の分野では、日本は長年アジア地域の中でも先行してきました。2000 年に施行された「グリーン購入法」以来、ISO 14064、ISO 14001 などの環境マネジメント体系が幅広く導入されています。近年も経済産業省や環境省は「グリーン成長戦略」を通じて、水素エネルギー、再生可能エネルギー、サーキュラーエコノミーの実証や開発支援を続けており、企業の脱炭素化を後押ししています。

一方で、2023 年の環境省調査によれば、大企業ではカーボンフットプリント管理体制がある程度確立しているものの、中小企業では親会社への依存や最低限の法令順守にとどまっている例が多く、算定カバー率は約 40% にとどまります。さらに、多くは単年度対応であり、定期的な更新や第三者検証は十分に定着していません。

台湾は、機動性の高い中小企業がサプライチェーンを支える構造であり、新たな規制への対応速度や柔軟性は比較的高いとされています。2024 年からは「気候変動対応法」に基づき温室効果ガス管理制度が本格稼働し、環境保護署は 1200 社以上の SME に初期算定を支援してきました。しかし、多くの企業は基本的な排出データは提出できても、国際取引先が求める形式や検証基準に合わせるには追加の人材・コスト負担が避けられません。

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日本には制度設計の知見があり、台湾には現場で素早く実証し導入できる柔軟性があります。この「補完関係」を、サプライチェーン全体で再現可能な仕組みに昇華させるには、誰が検証ロジックを設計し、どのフォーマットを共通化するのかが課題です。

国際規範がカーボン算定や開示の共通土台を与えているのは事実ですが、現場で運用するには業界ごと、地域ごとの実態に落とし込む必要があります。ローカルでのツールや相互認証プロセスが整っていなければ、同じ国際基準に準拠していても、企業間で形式や検証手順がずれ、余分な手間とコストが発生します。この「制度翻訳」と「双方向のすり合わせ」が、日台の次の連携の要です。

3. 実証から普及へ―問われる現場実装


近年の日台協業には参考になる事例も出ています。例えば TSMC と Sony が熊本に共同出資した JASM 工場では、先端プロセスと地域の再エネ供給計画を組み合わせ、親会社の方針に沿ってカーボン算定と再エネ証書の取得を進める見通しです。これは低炭素製造と制度面の接続を示す一つのモデルになると期待されています。

しかし、サプライチェーン末端の中小事業者が直面しているのは、こうした大手の実証とは異なる現場の現実です。ISO 14064 の第三者検証だけでも数十万台湾ドルの費用がかかることは珍しくなく、年商が数百万台湾ドル規模の小規模工場にとっては大きな固定負担です。仮に報告書をまとめても、顧客によって求めるフォーマットや監査基準がばらばらで、同じデータを何度も作り直す羽目になります。

こうした負担を軽減するため、会計事務所やコンサルティング会社は ESG 算定、IFRS S1/S2、TNFD を社内管理フローに組み込み、外部委託だけに頼らない内部のトレーサビリティ体制を支援し始めています。業界団体や第三者検証機関も共通テンプレートや算定ガイドラインの整備を進め、重複作業を減らす取り組みが進んでいます。

中小企業にとって、算定は「報告して終わり」ではなく、財務システムとつながる実用的な管理ツールへと移行しつつあります。算定の流れを標準化し、パッケージ化できれば、開示コストを抑え、ESG を競争力に転換できる可能性が高まります。

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技術面、再エネ、第三国展開における台日協力の全体像を知りたい方は、こちらの記事もご参照ください。
全文を読む:https://jp.yaofengcpa.com.tw/article_detail/Japanese-culture-250627

4. 国際認証プレッシャーが迫る


CBAM は 2023 年に移行期が始まり、2026 年には炭素国境税が本格化します。ISSB の開示基準も稼働しており、上場企業は気候リスクの開示と検証可能なデータの提出が求められます。SBTi もサプライチェーン全体への削減目標適用を拡大しています。

これらの制度は一見すると大企業向けに見えますが、実際の実行は多くの場合、まず中小の取引先が負担を担うことになります。台湾のある電子部品メーカーは、国際ブランドから 3 年分の一貫したカーボン算定データ提出を求められ、指定されたクラウド開示プラットフォーム経由で毎年第三者監査に対応しなければなりません。公的団体や地域プラットフォームの支援がなければ、このコストは SME 自身が負担するしかありません。

検証ロジック、データ形式、監査プロセスをサプライチェーン全体で共通化できれば、コンプライアンスコストを抑え、より多くの中小企業が ESG 対応を続けられる土台になります。

5. 制度は信頼を支えるサプライチェーンの持続力


脱炭素や開示は外部要求から始まり、最終的には社内のデータ精度と運用の信頼性で競争力が決まります。

サプライチェーンの再編と ESG 標準化が進む中で、日台企業が制度面での実証や相互認証を先行できれば、技術優位を拡張可能な「輸出可能な仕組み」に育てることができます。

業界団体を中心に、共通ツールの整備や検証データベース構築、部品サプライチェーン内での相互認証を推進すれば、実行コストを現実的な水準に抑えられ、より多くの SME が国際基準に対応できます。

技術共創から制度共創へ。誰が先にこの基盤を固めるかが、ESG が競争条件になる次の波で立ち位置を左右します。