耀風ビジョン

日本金融ベンチャー新局面:新たな力の台頭

 

1. 資金の新しいイメージ

日本の金融市場と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、大手銀行や財閥が支配する安定した構図です。資金は豊富に存在しても、その流れは保守的で、イノベーションはなかなか進みにくい。ところが、この長年「保守的」と見られてきた市場に、いま新たな亀裂と芽吹きが現れています。

近年、日本政府はスタートアップ支援政策を打ち出し、地方都市も起業エコシステムの整備を進めています。さらに新世代の投資家や新型ファンドが次々と登場しつつあります。これらの力はまだ小さいかもしれませんが、日本のベンチャーキャピタルの地図を静かに塗り替えつつあるのです。

2. 政策推進:守旧から育成へ

2022 年、日本政府は「スタートアップ育成5か年計画」を発表し、2022 年を「スタートアップ元年」と位置づけました。2027 年までに投資規模を 10 倍の 10 兆円へ拡大し、戦後に続く「第二の創業ブーム」を実現することを目指しています。

  • 資金供給の大幅拡大:政府系ファンドはディープテック、IT、創薬、農業、医療などを重点分野に据え、1 兆円の予算を計上しました。日本投資株式会社(JIC)はデジタルおよびディープテックへの投資を強化し、野村証券は環境・エネルギー・ヘルスケア・教育に焦点を当てた「Sustainable Innovation Investment Scheme」を立ち上げました。さらに環境省は 600 億円をカーボンニュートラル技術やグリーンテクノロジーの事業化に投じています
  • オープンイノベーションの推進:大企業によるスタートアップとの連携・投資・M&A を奨励し、技術導入や事業刷新の原動力としています。そのために「オープンイノベーション促進税制」や、研究開発税制におけるスタートアップとの協業に関する優遇措置を拡充し、異業種連携のコストとリスクを低減しました。
  • 規制緩和と制度改革:ストックオプションの行使期間延長、株式型クラウドファンディング規制の簡素化、スタートアップビザや銀行投資規制の緩和、M&A 促進のための IFRS 導入などを盛り込みました。さらに政府はディープテック分野に実証フィールドを整備し、新興企業が技術を試験・検証しやすい環境を提供しています。
総じて、日本は従来の銀行依存では将来の成長を支えられないと認識し、多様な資金調達、異業種連携、制度改革を通じて経済再生と社会課題の解決を図ろうとしています。

政府の施策に加え、日本のスタートアップや企業の資金調達には資本市場の存在も欠かせません。国内最大の取引所である 東京証券取引所(TSE) は 2022 年に市場区分を再編し、以下の三つに整理されました:
  • プライム市場:国際競争力を持つ大企業向けで、ガバナンス水準と流動性を重視。
  • スタンダード市場:一定の規模と実績を備えた中堅企業向け。
  • グロース市場:高い成長可能性を持つスタートアップ向けで、比較的柔軟な基準により早期段階から資本市場で資金調達が可能。
さらに、TSE には TOKYO PRO Market があり、適格機関投資家のみを対象とした市場です。上場規則が柔軟で、初期段階の企業が公開市場を試す場として活用されています。
 

3. 地域のホットスポット:東京以外のベンチャー舞台

福岡市は自らを「日本のスタートアップ特区」と位置づけています。国家戦略特区に指定され、雇用・ビザ・税制における規制緩和が認められているだけでなく、市が政策資源を総動員し、スタートアップに極めてフレンドリーな制度環境を整備することで、戦後に続く「第二の創業ブーム」を目指しています。

福岡には多くの強みがあります。日本で最も成長が速い都市であり、人口および外国人居住者の増加率は全国トップ。若年層の比率も最も高く、人口増にもかかわらず生活コストは比較的合理的で、起業の基盤となっています。さらに、東アジアの中心に位置する地理的優位性により、多数の直行便で国際交流が容易です。大学や研究機関が多く人材が集まり、通勤時間が短く生活の質も高いことから、「日本一住みやすい都市」と評価されています。

起業家を惹きつけるため、福岡市は「Startup Package」を導入しました。最長 1 年のスタートアップビザ、最長 5 年の法人税減免、医療・IoT・先端 IT 分野への重点支援が含まれます。住宅やオフィス賃料の補助、低利融資、ビジネスコンテストの賞金も提供されます。さらに市はワンストップ支援窓口「Global Business Support (GBS)」を設置し、ビザ、住居、銀行口座、人材マッチングをサポート。インキュベーション施設「Fukuoka Growth Next」では、シェアオフィスや専門家の助言、成長加速のリソースを提供しています。

同時に、福岡市は台湾、シンガポール、イスラエル、米国などとのパートナーシップを強化し、国際的な起業家交流やビジネスマッチングを推進しています。

総じて、福岡は政策と資金によるハード面だけでなく、ソフトサービスや国際ネットワークをも組み合わせ、競争力のあるスタートアップ・エコシステムを築き上げ、起業家にとって事業設立や拡大の理想的な拠点となっています。

4. 新世代と新型ファンド:新たな投資の力


政策や地域の取り組みに加えて、日本のベンチャー投資領域には新しい資金源と投資方向が生まれつつあります。

まず、エンジェル投資家の層が着実に拡大しています。成功した起業や事業売却を経た若手起業家が、自らの資金や経験を再び市場に投じ、新しい世代の投資家となっているのです。彼らは東京や地方のスタートアップ拠点に多く集まり、アーリーステージの企業支援に積極的に関わっています。

次に、新型ファンドが台頭しています。近年では ESG、技術革新、デジタルトランスフォーメーションをテーマとする投資ファンドが注目を集めています。たとえば、日本投資株式会社(JIC)はデジタルや新技術を対象とするファンドへの投資を拡大し、野村ホールディングスは環境・エネルギー・ヘルスケア・教育分野の革新的技術に特化した「Sustainable Innovation Investment Scheme」を立ち上げました。こうしたファンドの登場により、資金は新興企業や先端産業へと流れやすくなっています。

さらに、環境省をはじめとする公的ファンドも気候テックやグリーン系スタートアップに投資し、資金の裾野を広げています。総じて、エンジェル投資家、テーマ型ファンド、公的資金といった新しい原動力は、規模こそ大手銀行には及ばないものの、日本のベンチャーエコシステムに新たな支柱を築き始めているのです。

5. 専門サービスの新たな役割:新しい力を支える架け橋

新しい投資の力の台頭は、専門サービスの役割にも変化をもたらしています。これまで会計士、弁護士、コンサルタントは、監査や法務対応といった後方支援にとどまることが多かったのですが、スタートアップ投資の領域ではその重要性が大きく高まっています:

  • スタートアップを国際基準に接続:IFRS S1/S2、ISSB、ESG 情報開示基準の導入が進むなか、クロスボーダー投資を得るためには透明で検証可能なデータが不可欠です。専門家は財務制度や開示フレームワークの設計を支援し、スタートアップが海外ファンドから受け入れられやすい環境を整えます。
  • 新型ファンドの投資スキームと税務設計:子会社、合弁、持株会社といった投資スキームの選択や国際的な税務配分、ガバナンス設計など、クロスボーダー投資には複雑な課題が伴います。専門サービスは法務・税務リスクを低減し、資金の流れを効率化します。
  • ESG・データ検証による信頼性向上:ESG 投資が普及するなか、企業の自主開示だけでは投資家を納得させられません。会計士やコンサルタントが第三者検証を行うことで、投資判断の根拠を強化します。特に初期段階のスタートアップにとっては、外部の信頼性が重要です。
  • エコシステムの設計者としての役割:単なるコンプライアンス対応にとどまらず、地方自治体・ファンド・スタートアップの橋渡し役を担います。福岡や大阪のインキュベーション施設では、専門家が常駐し、法務、財務、知的財産、国際ビジネスの助言を提供し、地域エコシステムの強化に貢献しています。

6. 変わりつつある日本


長い間、日本の金融市場は保守的の代名詞とされてきました。しかし、「スタートアップ育成5か年計画」の始動、福岡など地方エコシステムの急成長、エンジェル投資家や新型ファンド、公的資金の参入によって、いま日本は変化の途上にあります。

これらの新しい力は規模こそまだ小さいものの、まるで小川が大河へと注ぎ込むように、資金の流れを少しずつ変えています。この勢いが続けば、日本のベンチャー環境は財閥系銀行だけの舞台ではなく、政策・地域・新世代資金・専門サービスが共存する多元的なエコシステムへと進化するでしょう。

台湾を含むアジア全体にとっても、この変化は大きな意味を持ちます。それは、今後のクロスボーダー投資やイノベーションの協力相手が、静的で保守的な日本ではなく、よりダイナミックで挑戦を受け入れる「新しい日本」となることを意味します。この「浮かび上がる日本」は、アジアのスタートアップ・エコシステムにおける重要な存在となる可能性が高いのです。