耀風サステナ

2月の労働ガバナンス特集(後編) ― 転職ラッシュから内部統制リスクへ:ESGガバナンスの下で人事コストを定量化し、組織の安定性を支える財務管理フレームワークを構築する

1. 2月の離職ラッシュで最も恐ろしいのは、人手不足ではなく「コストの歪み」である

企業ではよく、「人が辞めても、また採用すればいい」と言われます。しかし、本当に注目すべきなのは、人が離れた瞬間から企業が負担しているコストは、採用費用だけではないという点です。

実際のコストは、多くの場合、部門をまたぎ、プロセスを分断され、時間差を伴って発生します。業務の納期遅延、品質のばらつき、社内外の調整コストの増加、そして管理職の時間が本来の業務から奪われること──これらは帳簿上では見えにくいものの、確実に発生しています。

その結果、会計上で把握できるコストは限定的である一方、経営への実質的な侵食は大きくなるという状態が生まれます。さらに深刻なのは、コストの歪みが経営判断そのものを誤らせる点です。

企業が「採用費」しか見ず、効率や粗利が侵食されている事実を把握できていない場合、本来修正すべき制度を放置し、補うべき人材のバックアップ体制も整えられません。その結果、毎年2月になるたびに、同じ問題をより高いコストで処理し続けることになります。

※補足:見えないコストほど高くつきます。なぜなら、可視化されなければ、改善のしようがないからです。
 
画像の出典:FREEPIK
 

2. 人件費は単なる費用ではなく、「リスクエクスポージャー」でもある

人件費は固定費として扱われがちですが、同時に高い不確実性を内包したコスト項目でもあります。特に、重要ポジションで人材流動が発生した場合、コストは線形に増加するのではなく、連鎖的な影響を引き起こします。
  • 業務の遅延(引き継ぎ期間の長期化、プロジェクト進行の乱れ)
  • やり直しの増加(知識の断絶による品質不安定、再作業の増加)
  • 品質のばらつき(新任者や代替要員が安定水準に達していない)
  • 顧客対応コストの上昇(遅延、変更、謝罪、是正対応に伴う追加負担)
  • 管理職の意思決定時間の流出(本来は市場分析や戦略に充てるべき時間が奪われる)

これらの影響は、必ずしも同一の費用科目に即座に反映されるわけではありません。しかし多くの場合、1~2四半期後に、粗利の低下や成長鈍化という形で顕在化します。

企業が財務諸表の結果だけを見て判断すると、「市場環境が悪い」と誤認しがちですが、振り返れば、実際には組織の安定性が徐々に侵食されていたというケースも少なくありません。

※補足:人件費の問題は、その場で痛みとして現れることは稀で、後になって、じわじわと出血するように表面化するものです。
 

3. 企業が最も過小評価しがちな「転職ラッシュの三大コスト」

転職ラッシュによる影響を正しく把握するためには、まずコストを三層構造に分解することが重要です。そうすることで、計算の方向性を誤らず、本来修正すべきガバナンス上の欠陥を特定できます。

(1) 採用・入社コスト
採用チャネル費用だけではありません。面接対応に費やされる時間(管理職および現場社員の投入時間)、入社研修、引き継ぎ調整、人事・総務の事務作業なども含まれます。多くの企業が見落としがちなのは「時間コスト」です。しかし、時間こそが経営層にとって最も希少な資源です。

(2) 生産性ギャップコスト
新入社員には必ず学習曲線があります。業務が顧客納品、プロジェクト管理、部門横断的な協働を伴う場合、このギャップ期間はさらに長期化します。この期間のコストは給与ではありません。効率低下、ミス増加、再作業、納期遅延といった形で現れ、最終的には粗利や顧客関係に影響を及ぼします。

(3) 管理意思決定コスト(機会コスト)
管理職が補充対応や調整業務に多くの時間を割かざるを得ない場合、本来、市場開拓、製品開発、財務戦略に充てるべき時間が奪われます。機会コストは会計帳簿に直接記録されにくいものの、
1年後の企業の競争ポジションを最も左右する要因の一つです。

これら三層のコストを合算して初めて、転職ラッシュの「実質的な代価」が見えてきます。

※補足:採用費用だけを見ることは、氷山の水面上に出ている部分しか見ていないのと同じです。

 

画像の出典:FREEPIK
 

4. ESGガバナンス下における人事内部統制:企業が構築すべき四つのモニタリングライン

企業が人材リスクを感覚的に管理している限り、2月の不安は毎年繰り返されます。ガバナンスの本質は「離職を完全に防ぐこと」ではなく、リスクを事前に識別し、影響を抑え、組織に備えを持たせることにあります。

そのためには、少なくとも以下の四つの追跡可能なモニタリングラインを構築することが望まれます。

(1) 人件費構造と売上・粗利との関連性が合理的か
例えば、人件費比率が成長局面で異常に上昇していないか。特定部門のコスト増加が、本当に成果向上に結びついているか。コストが上昇しているにもかかわらず粗利が低下している場合、多くは効率やプロセスに問題が生じている兆候です。

(2) 離職率が特定の部門や管理者に集中していないか
人材流動が高度に集中している場合、それは個別事象ではなく、制度設計、マネジメント体制、あるいは職務設計に構造的な課題が存在する可能性が高いと言えます。この状況で単に昇給によって引き留めを図ることは、根本解決にはなりません。

(3) 重要ポジションに後継・バックアップ体制が整備されているか
重要ポジションに代替体制がない場合、離職は直ちに納品リスクやオペレーションリスクへ転化します。バックアップとは必ずしも人員を追加することを意味しません。むしろ、プロセス、知識、権限、引き継ぎのタイミングを制度化し、「人が辞めても、システムが失われない状態」をつくることが重要です。

(4) EAPの利用動向が「消耗リスク」の蓄積を示していないか
企業はEAPを広報施策として扱うのではなく、「リスクの早期警戒装置」として位置づけるべきです。匿名集計の形で、利用率、相談内容の分類トレンド、管理職からの紹介件数などを観察し、欠勤率、申立て件数、離職傾向と併せて分析することで、「消耗リスクが蓄積していないか」、またどの部門に優先的な改善介入が必要かを判断できます。

※補足:モニタリングラインを持たないマネジメントは、最終的に運に依存するしかありません。
 

5. 「検証可能」な人事リスク管理を実行する四つのステップ

企業が人材リスクをガバナンスに組み込むためには、スローガンだけでは不十分であり、検証可能であり、追跡可能であり、比較可能でなければなりません。以下の四つのステップで実行することを推奨します。

(1) 基準の統一
離職率、人件費比率、重要ポジションの定義は統一されていなければなりません。定義が一致していなければ分析は歪み、経営層は期間比較を行うことができません。

(2) データソースと責任の明確化
どの数値が給与システムから取得されているのか、どれが人事台帳からのものか、どれが営業・運営報告からのものかを明確にします。出所が不明確な数値は信頼されず、ガバナンスにも活用できません。

(3) 一定のリズムで管理レポートを作成
月次または四半期単位で、人件費構造、離職率、重要ポジションのリスク、労働安全およびEAP匿名集計指標を一枚のサマリーにまとめます。重要なのは見た目の美しさではなく、経営層が同じフォーマットで継続的に追跡・比較できることです。

(4) 分析結果をガバナンス意思決定に連動させる
リスクが上昇した場合、必要なのは短期的な補填ではなく、制度責任への立ち返りです。評価制度は妥当か、権限とコミュニケーションは一貫しているか、バックアップ体制やプロセスの強化は必要か、意思決定の根拠は追跡可能か。改善事項を内部統制および管理のリズムに組み込んでこそ、実効性が生まれます。

※補足:ガバナンスとは、資料を整えることではなく、意思決定に根拠を与え、説明責任を果たせる状態をつくることです。



画像の出典:FREEPIK 
 

6. 会計事務所のアプローチポイント

会計事務所は、人事データを管理可能な財務・ガバナンスの言語へと転換し、検証可能な内部統制プロセスの構築を支援することができます。

経営層にとって重要なのは、「離職率を極限まで下げること」ではなく、「リスクを予測可能にし、コントロール可能にし、改善可能にすること」です。

言い換えれば、「人材を引き留めること」ではなく、「どこに漏れが生じるのか、漏れた場合にどれほどのコストになるのか、そしてどう補うべきかを明確にすること」です。

企業が人材リスクを定量化し制度化できたとき、人件費は制御不能な不安要素ではなく、管理可能な戦略資源へと転換します。

※補足:人材リスクが定量化されて初めて、真のマネジメントが始まります。


耀風会計師事務所では、本稿の要点を整理した『転職ラッシュ下における人事リスクおよびESGガバナンス検証ツールキット』をご提供しております。企業が統一された基準で離職リスク、重要ポジションのバックアップ体制、人件費構造を点検できるよう支援いたします。さらに、分析結果を検証可能な内部統制制度およびガバナンスプロセスへと転換したい場合には、当事務所が導入およびレビューの支援を行うことも可能です。
 

資料ツールのダウンロード

➡️ 転職ラッシュ下における人事リスクと ESG ガバナンス検証ツールキット
 


本文の参照基準

  • IFRS/ISSB(サステナビリティ関連リスク情報フレームワークおよび企業リスク管理との連動)
  • GRIスタンダード(雇用、労働安全衛生、多様性および平等に関する開示フレームワーク)
  • ILO(労働権および労働安全衛生フレームワーク)
  • OECD(コーポレート・ガバナンスおよび人的資本に関する研究

 

貴社は新たなESGの挑戦に向けて準備ができていますか?


「ESG財務診断シート」を記入することで、自社のESG財務状況と改善に向けたアドバイスを迅速に把握できます。

耀風公認会計士事務所は、豊富なESG財務コンサルティングの経験を有しており、最新の法規制に対応したサステナビリティ報告フレームワークの構築を支援いたします。
2025年のESG財務情報開示についてご不明な点がございましたら、ぜひお気軽にご相談ください