本当に「検討させていただきます」の意味を理解していますか?
「この案件、いかがでしょうか?」「うーん……ちょっと検討させてください。」——こう言われて期待を抱きながら会議室を後にし、一週間、二週間経っても何の連絡もない。そんな経験はありませんか?
日本の職場では、「はっきり言わない」ことが、実は明確な返答である場合が少なくありません。率直なコミュニケーションに慣れている台湾のビジネスパーソンにとって、日本側の反応は「前向きな検討」や「保留」に見えても、実際にはすでに心の中で「お断り」が決まっていることも。こうした“言外の拒絶”ともいえる日本特有の婉曲なコミュニケーションは、日常的なやり取りはもちろん、職場・交渉・ビジネス提携といった重要な場面で、文化の違いによるすれ違いを生みやすくします。
本稿では、日本人の言語習慣と職場文化に焦点を当てながら、沈黙や曖昧な表現の中に隠れた「ノーのサイン」を読み解き、異文化間でより適切な判断と対応ができるよう解説していきます。
1. 日本人が「ノー」と言わない理由
日本社会では、古くから「和」を重んじる文化が根付いており、人間関係や感情のバランスを何より大切にします。たとえ断る場面であっても、相手に恥をかかせず、対立を避けるために、できるだけ柔らかく表現するのが基本です。日本人にとっては、チャンスを逃すよりも、場の空気を壊すことのほうがはるかに恐ろしいのです。
学校教育から社会生活に至るまで、「忖度(そんたく)」の文化——すなわち、相手の気持ちを察し、顔を立てることが美徳とされています。だからこそ、明確な否定を口にすることは少なく、あえて曖昧に表現する傾向があります。
「和を以て貴しとなす」——これは聖徳太子の『十七条憲法』に記された一文であり、現代においても企業文化、意思決定、人事、国際関係にまで深く影響を及ぼしています。多くの外国人ビジネスパーソンが、日本の職場において「明確な拒否の言葉は少ないが、目線や話題の逸らし方、声のトーンなどから本音を察することができる」と語ります。このように、明言を避けつつも意図を伝える日本独特のコミュニケーション様式は、いわば「行間を読む会話術」として精緻に進化してきたものと言えるでしょう。

2. 「検討します」は実はやんわりとしたお断り
台湾では、「ちょっと考えさせてください」や「社内で再度検討します」といった言葉は、まだ可能性がある前向きな返答として受け取られることが多いでしょう。しかし日本において、同じような表現は「現時点での協力は難しい」とやんわり伝えるための常套句であることが少なくありません。日本語における“可能性をにおわせる表現”は、場の和を保ちつつ、相手に余計なプレッシャーを与えないためのものです。たとえば:
- 〜かもしれません
- 〜と思います
- 〜できれば
企業間の交渉やプロジェクト提案において、「検討させていただきます」「まだ何とも言えません」「社内調整後に改めてご連絡します」などのフレーズが出てきて、しかもその後に具体的なスケジュールが提示されず、相手からの連絡もない場合——それは「丁寧な終了」のサインかもしれません。
以下は、そうした曖昧な表現の背後にある真意を見抜くための、代表的なフレーズ一覧です。
これらの明確なフレーズ以外にも、日本の職場ではさらに微妙な言い回しが存在します。たとえば「社内でもいろいろな声がありまして」、「現在、他の案件で手がいっぱいでして」、「この方向性も面白いですね」といった表現は、一見すると柔らかく前向きな印象を与えますが、実際には「この提案を採用するつもりはない」という意図を、相手に察してもらおうとするサインである場合もあります。
3. 同じ言葉でも、台湾と日本ではこんなに違う?
ここでは、台湾と日本のチームが会議で交わしたやり取りを見てみましょう。
[台湾側が新しい提案を持ち込み、協業を希望している場面]
台:「この新しい案は可能性があると考えており、ぜひ早めに進めたいと思っています。御社としてはどうお考えでしょうか?」
日:「とても興味深い提案ですね。社内でも一度検討させていただきます。」
台:「それはよかったです。それでは、詳細を詰める段階に入ってもよろしいでしょうか?」
日:(笑顔でうなずきながら)「その際は、こちらから改めてご連絡させていただきます。」
——結果、台湾チームは次のステップの準備を進めていたものの、日本側からの連絡はその後一切なかった。
>双方の受け取り方の違い:
このようなすれ違いは、日台間のコミュニケーションにおいて非常によく見られるものです。どちらかが間違っているわけではなく、ただ「文化的な地図」が根本的に異なるのです。日本側の婉曲表現に気づかないまま進めてしまうと、台湾側は本来立ち止まるべきタイミングや、方針を見直すべきポイントを逃してしまう可能性があります。
実務経験の豊富な営業担当者の中には、こう指摘する人もいます。「日本側にYesかNoを期待してはいけない。彼らは温度感で返してくる」と。「温度」の手がかりは、声のトーン、沈黙、フォローアップの有無、さらには「誰が次の連絡を提案するか」といった、ごく些細な行動の中に潜んでいるのです。
4. では、どうすればいいのか?
まずは、次のようなよくある誤解を避けることが重要です。
- 社交辞令を「確約」と受け取ること——たとえば「また連絡しましょう」は、積極的な合意と誤解されがちです。
- 口調や場面を軽視すること——日本人が言う「悪くないですね」は、単なる中立的な評価に過ぎない場合が多いです。
- 返答期限を設けないこと——「ご都合の良い時にご返信ください」と言うと、相手が婉曲に先延ばししやすくなります。
また、返答期限を設ける際にも、圧をかけすぎない表現を使うのがコツです。たとえば:「一週間以内にお返事がない場合は、今回のご提案は一旦保留とさせていただきますが、何か進展がございましたらいつでもご連絡ください。」このように伝えることで、日本側が判断しやすくなると同時に、余計なプレッシャーを与えずに済みます。
5. 沈黙を理解することも、立派なコミュニケーション力
「何も言わない=誠意がない」と感じがちな私たちですが、日本人にとって「明言しない」ことは、むしろ相手への配慮とされています。その背後には、主に二つの意図が存在します。一つは、間違った判断を即断で下すことを避けるため。もう一つは、互いの顔を立てつつ、今後の関係性を保つ余地を残すためです。日本人とのコミュニケーションでは、言葉そのものだけでなく、「観察」も不可欠です。たとえば——話すスピードが急に遅くなったか?空虚な表現を繰り返し始めたか?会議後に相手からフォローアップがあるか?こうした些細な非言語的サインの方が、「No」という一言よりも、はるかに多くを語っていることがあります。これは単なる言語力の問題ではなく、「文化を読み解く力」でもあるのです。
こうした曖昧なコミュニケーションは、外国人から見れば効率が悪く見えるかもしれませんが、日本においては「成熟した、丁寧な意思伝達の形」として認識されています。このような文化的な“やさしさ”を理解するためには、まず繊細な感受性を持つことが求められます。含みの中から方向性を見出し、沈黙の中に判断を読み取れるようになってこそ、日本の職場で本当の意味で「一歩踏み出す」ことができるのです。