耀風ビジョン

組織構造に見る階層論理:台湾と日本、フラット型と縦型の比較

台湾企業と日本企業がクロスボーダーで協力を進める際、よく直面する疑問があります。「同じ案件なのに、なぜ日本企業では何度も稟議を通し、上層部の承認を得なければならないのか?」本稿では、言語マナーや会議スタイルの違いに焦点を当てるのではなく、より根本的な組織設計と制度運用の文化的ロジックに着目します。

台湾に多く見られる中小企業のフラットな経営体制と、日本企業に根付く階層型の職位制度を対比しながら、その背後にある歴史的背景と運用ロジックを紐解きます。なぜ、あなたの「たった一言」が日本側では三部門を巻き込んだ協議になるのか。なぜ、台湾では「迅速」とされる行動が、日本では「混乱」と捉えられるのか。その理由を掘り下げます。

台日組織文化差異の解析

1. 台湾の柔軟性、日本の秩序:組織設計に見える文化的ロジック


台湾企業のマネジメントスタイルは、効率性と人間関係を重視する文化に根ざしています。上司と部下の境界線は比較的曖昧で、対話は直接的かつ迅速、そして「まず動く」ことが重視されます。多くの中小企業では、経営者自らが意思決定者、営業責任者、人事担当を兼任し、組織設計は状況に応じて「走りながら修正する」スタイルが一般的です。

一方、日本企業では、係長、課長、部長、本部長といった明確な職位階層が存在し、それぞれの役割と権限が厳格に定められています。この構造は、管理の安定性と責任の明確化に寄与する一方で、意思決定のスピードを犠牲にする側面もあります。

こうした違いは、単なる経営手法の違いではなく、両国の文化的背景と歴史的発展に起因しています。

台湾社会は、人間関係と柔軟な対応を重視し、信頼は個人間の交流や柔軟な調整によって築かれます。経済発展初期から中小企業主導で成長してきた背景もあり、市場変化への迅速な対応や低階層での意思決定が重要視され、自然とフラットでスピーディーな組織設計が発展しました。

対して日本社会は、明治維新以降、集団秩序と制度構築を重視し、組織の安定性、年功序列、長期雇用が基本となり、信頼は個人ではなく体制や規範に基づいて構築されます。分層管理と逐次承認のプロセスは、リスク分散と組織全体の安定性維持を目的としています。これは、単に形式的な手続きではなく、組織存続のために不可欠なメカニズムなのです。

Image source:FREEPIK

2. 権限、責任、信頼:日本における階層制度の深層構造


台湾企業においては、権限と責任の分担は比較的柔軟であり、状況に応じた臨機応変な調整や個々の裁量による対応に依存する場面が多く見られます。マルチロール(多役割)をこなすマネージャーも珍しくなく、迅速な意思決定と実行が重視されます。しかし、この柔軟さは、複数部門にまたがる協業や国際連携においては、責任の境界が曖昧になりやすく、情報伝達ミスや責任所在不明といったリスクを生じさせることもあります。

一方、日本企業における階層制度は、単なる肩書きや手続きではなく、リスク分散と信頼構築の仕組みそのものです。各階層には明確な責任範囲が設定され、意思決定は必ず該当レベルで承認され、記録に残されます。これにより、「誰が」「どこまでの責任を負うか」が可視化され、組織全体のリスクが最小化されるのです。つまり、日本企業では「誰が決定権を持つか」は単なる権限問題ではなく、組織全体のリスクバランスを考慮した設計なのです。高位のマネージャーであっても、稟議プロセスを経ずに即断即決することは、組織秩序を乱し、内部から信頼を損なうリスクを伴います。

台湾企業がこのロジックを十分に理解せず、「一番上の人に直接聞けば早い」という感覚で行動してしまうと、日本側にとっては重大な内部秩序違反と捉えられ、協業プロジェクト自体に大きな悪影響を及ぼしかねません。

3. コミュニケーションのテンポと情報フロー:制度に応じた協業スタイル


台日企業間の協業において、共通のゴールを共有していても、「コミュニケーションのテンポ」と「情報の流れ方」の違いによって摩擦が生じることは珍しくありません。

たとえば、台湾側は会議の場で即時に課題提起・討論・決定を行うことを好みますが、日本側はまず会議では各自の意見を収集し、会議後に内部で協議・稟議を経て、最終的な合意形成を図るスタイルを取ります。台湾側から見ると、この「会議で決まらない」「持ち帰って再検討する」プロセスは、「非効率」や「煮え切らない」と映るかもしれませんが、これは日本組織において、個人の独断を防ぎ、組織全体のリスクを抑えるための不可欠なプロセスです。

また、情報伝達の面でも違いが顕著です。台湾企業はLINE、メール、共有ファイルなどを駆使し、必要に応じて柔軟に異なる相手と連絡を取りますが、日本企業は「正式窓口を通じて」「同階層で対応する」ことを重視します。さらに、すべての重要なやりとりは正式な記録として残すことが求められます。このような違いを理解せずに行動すれば、台湾側の「スピード重視」が、日本側には「責任が曖昧」「手続き違反」と受け取られ、結果的に信頼を損ねることになりかねません。

これらのコミュニケーション行動の差異も、突き詰めれば組織設計とリスクマネジメントの思想の違いに根ざしています。台湾企業側がこれを理解できれば、ただ相手に「もっと早く決めろ」と迫るのではなく、「いかにして日本側の組織内部プロセスをスムーズに通過させるか」という観点で、戦略的に協業を進めることが可能になります。

クロスボーダー協業に向けた実務的提案と応用

1. 制度には制度で応じる


台日間の組織設計・運用ロジックの違いを踏まえたうえで、台湾企業が日本企業と円滑に協力するためには、次の三つの原則が有効です:

  1. 組織構造を尊重し、明確な対応窓口を設定すること:日本企業との協力においては、誰が誰と連絡を取るかを明確にし、越権行為を避けるべきです。緊急時であっても、まずは正規ルートを尊重する姿勢が信頼を生みます。
  2. テンポを読み、余裕を持ったスケジュール管理を行うこと:日本企業の稟議プロセスには時間がかかることを前提に、プロジェクト設計段階から十分な時間的余裕を持たせましょう。重要案件については事前に非公式な意見交換を行い、相手側の基本スタンスや懸念点を事前に把握しておくことで、会議時の焦点を絞り、スムーズな進行が可能になります。
  3. 情報は整理し、役割分担は明確に:クロスボーダー協業では、情報の透明性と責任の所在が極めて重要です。重要な連絡内容や会議の議事録は、正式な記録として整理・保存し、相手側が社内稟議を行いやすいよう配慮しましょう。また、担当窓口の役割と権限を尊重し、未承認での越境連絡は厳に慎むべきです。これにより、組織内部での混乱や信頼関係の悪化を未然に防ぐことができます。

2. 異文化理解とESG社会責任


近年、組織文化の理解とクロスカルチャーコミュニケーションは、単なるマネジメント上の課題にとどまらず、ESGガバナンスの重要な柱と見なされています。現代の企業統治において、ESGは国際的な投資家やサプライチェーンパートナーから注目される主要な指標となっています。なかでもS(Social)領域では、「従業員の権利」「労使関係」「組織内正義」「クロスカルチャーコミュニケーション」への取り組みが強く求められています。

この観点から見ると、台日企業間の組織文化の違いそのものが、社会的責任ガバナンス(Social Governance)の実践対象であると位置づけられます:

  1. 従業員コミュニケーションと関係構築:日本企業における階層設計と稟議制度は、従業員の意見を正式に組織内部で流通させ、意思決定がトップダウンだけでなく、一定の公正性を保つ仕組みとなっています。これはESGの「S」領域が求める「従業員参加」や「組織内フェアネス」の要件を満たすものです。
  2. 異文化協働におけるインクルーシブネス:クロスボーダー協業の場面で、異文化を尊重し、異なる組織運営テンポを受け入れることは、企業の社会的責任の一環と捉えられます。日本的マネジメント文化を理解し、適応しようとする努力自体が、台湾企業におけるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進の具体的な表れとなります。
  3. ガバナンス透明性と責任機構:日本企業が重視する逐層稟議と正式記録の文化は、情報の透明性と意思決定責任の明確化に直結しており、これはESGの「G(ガバナンス)」領域が求める要件とも合致します。
Image source:FREEPIK
 

そのため、台湾企業が持つ柔軟性という強みを活かしつつ、日本企業側の組織論理を尊重し協業を進めることは、単なるビジネス成功のためだけでなく、ESGフレームワークに沿った社会的責任パフォーマンスの向上にも寄与します。結果的に、国際競争力と投資魅力の強化にも直結するのです。

結語

組織設計とは、単なるマネジメント技術ではなく、それぞれの社会的・文化的背景を色濃く反映した存在です。異なる制度と向き合う際、ただ相手に自分たちのやり方を押し付けるのではなく、まずはその背後にあるロジックと歴史を理解し、双方が受け入れ可能な協業のリズムと信頼構築の方法を探ることが不可欠です。

文化の理解とは、単なる模倣ではありません。異なる価値観を認め、適応し、連結していく力そのものです。互いの組織論理を尊重し合うことによって、クロスボーダー協業の場において、本当に効果的な対話と持続可能な連携を築くことができるのです。そして、こうした異文化理解と尊重の姿勢は、単なるビジネスの効率化にとどまらず、現代企業が国際舞台で社会的責任(ESG)と持続可能な競争力を発揮するための基盤となるでしょう。